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コラムvol.1 「饅頭」に人生を翻弄された夫婦の物語/妻・和子から見た虎彦の素顔と、自らの人生への思い

大好きな人と結婚したとして、その後の人生が思いも寄らぬ波乱へと突き進むことになったとしたら、あなたはどうしますか。破産や倒産に見舞われ、食べる物に困っては、山中に野草を採りに行くような、そんな貧乏暮らしを余儀なくされることになったとしたら……。それでも、その人について行くことができるでしょうか。
「だって、彼がやっていることは間違いじゃないから」
どんなに辛いことがあろうと、気持ちがどん底まで落ち込む状況に陥っても、そんなふうに言えるほど、愛する人を信じた女性──それが林虎彦の妻、和子でした。

 

妻、和子のこと。

 

そもそも和子は我慢強い性格だった、貧乏暮らしに慣れていたのでは、と思われるかもしれませんが、正直な話、まったく反対の性格、生活だったと言えるでしょう。
和子は石川県金沢市にある旧家の令嬢として生まれ育ちました。お金の苦労などしたことがない、いわゆる箱入り娘です。ただ、一般的な箱入り娘と少しだけ違うのは、箱にきちんと収まっていられるようなお嬢さまではなく、箱を蹴り破ってしまうくらいのお転婆だったこと。我慢強さとは無縁の無鉄砲な性格で、近所の悪ガキを泣かせたこともあるとか、ないとか。厳しくも優しい祖母に叱られることもしばしばの、ちょっと勝ち気な女の子でした。

 

虎彦との出会い

 

そんな和子の家に用心棒兼下宿人として現れたのが、近所の和菓子屋で働く虎彦でした。はじめの印象は「無愛想」。挨拶を交わすときもニコリともせず、何を考えているのかまったく分からない様子の虎彦に、ほかの男の人にはない〝何か〟を感じ、和子は次第に興味をもち始めます。おまけに甘い物が大好きな和子にとって和菓子職人であること、それも茶の席で供されるような秀逸なお菓子を次々と生み出す虎彦に惹かれるのはある意味、自然なことだったのかもしれません。
虎彦は虎彦で、甘い物が大好きでくったくのない和子に、自分にはない大らかさを感じ、いつしか惹かれていくことに。11歳の年の差などもろともせず、2人は恋に落ちて結婚することになるのです。
さて、ここまでは順風満帆。幸せな未来を夢見る和子ですが、現実はそうはいきません。次第に雲行きが怪しくなっていきます。

 

ころころと転落する人生

 

きっかけは、虎彦に生じた一つの疑問。
虎彦が立ち上げた和菓子店「菓匠虎彦」は驚くほどの人気ぶりでした。金沢はもちろん、箱根や小田原、日光といった観光地からも饅頭の注文が入るほど。毎日、毎日、虎彦は生地であんこを包みます。包んでも包んでも間に合わず、数人の和菓子職人を雇い入れながら寝る間も惜しんで饅頭を包みます。
このとき、ふと、ある思いが虎彦の頭をよぎります。
「俺たちはまるで機械みたいじゃないか。機械みたいに包むことが求められるなら、いっそのこと機械に包んでもらえばいいじゃないか」
そう思ってしまったが最後、虎彦は饅頭づくりから、饅頭をつくる機械づくりへとのめり込むようになります。
和子の人生は、ここからめまぐるしく流転することになるのです。
どんな困難が待ち構えていたのか、少しだけお話すると、機械づくりのために虎彦は借金をこしらえ、店や家屋、家財道具などを奪われることになります。金沢を追われて家族と離ればなれになり、暮らしたのはトタン屋根の倉庫です。そこではまともに食べることなどできず、状況が少し上向いてきたかと思ったら、信じていた人にお金を持ち逃げされてしまうことになり……。

 

和子が信じた理由とは?

 

いつまで経っても虎彦の機械づくりは成功しません。それどころか、ますます深い闇へと迷い込むような日々。実は、虎彦の挑戦は無謀なものでした。それまでの概念や理論では、決して成し得ない問題がそこにはあったからです。
人からは「彼女の旦那はぼんくら亭主だ」と揶揄され、「和子ちゃん、可哀想」と友人からも哀れみの目を向けられます。何年経っても、何の成果も得られない状況ですから、普通なら離縁を申し出てもおかしくはありません。もちろん、夫婦関係がいつも良好だったわけではなく、一般的な夫婦に見られるように喧嘩をしたり、子どもがいない寂しさを感じる和子の姿もありました。
それでも和子は饅頭のための機械づくりを止めてほしい、とは言いませんでした。言おうとも思いませんでした。和子はなぜ、未来の保証など何もない虎彦の行動を信じることができたのか。寄り添い続けることができたのか……。

 

奇跡の物語は「すっぴん」へ

 

苦難の末に完成した「包あん機」は、今や世界125カ国以上で活躍しています。開発者である虎彦の激動の人生は、そのまま妻・和子の物語でもあります。
虎彦の人生を妻の目線を通して語る「すっぴん」には、これから何かを成し遂げようとする人、それを信じて支える人へのヒントが隠されているような気がします。
どん底の人生を歩んでいても、決して諦めることなく、一歩一歩、未来へと歩みを進める夫婦の物語をぜひ、お楽しみください。

 

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