2019.07.13
コラムvol. 4 1枚の大事な紙きれ。 破天荒な夫のお茶目な一面
林虎彦というと眼力が強い、型破り、破天荒、唯我独尊、奇才といったイメージが先行するかもしれません。でも実は、思わずクスッと笑ってしまうようなお茶目なところもありました。
パンツ一丁で、おもちゃの拳銃
今は昔。宇都宮にレオン自動機を立ち上げた頃のこと。自宅がまだ工場脇にあった時代です。ある日の深夜、虎彦と和子がすでに眠りについていたとき、突然、パトカーが乗り込んできました。後に分かるのですが、逃走中の犯人(どんな犯罪を起こしたのかは分かりませんが)の車が工場脇に乗り捨ててあったらしく、レオンに潜伏しているのでは、と追いかけてきたのです。
騒ぎを耳にした虎彦は、すぐさま行動を起こしました。その姿はパンツ一丁にランニング。そして何を思ったのか拳銃を手にしました。もちろんおもちゃです。祭の縁日で当たったガラクタで自分たちの身を守ろうとしたといいますが・・・警察官にとってはパンツ姿で拳銃を持っている虎彦こそが不審者です。そのまま警察に連れて行かれてしまったというのですから・・・。誤解はすぐに解けて釈放されたとのこと。今では虎彦を物語る面白い出来事の一つです。
50歳過ぎに英会話を学んだ理由
レオンが活躍の場を海外にまで広げた成長期。ドイツをはじめアメリカ、スペインなどに支社を設け、日本から数名の社員を派遣していました。彼らの頑張りもありレオンの機械は海外でも高い評価を受け、確実に販売数を増やしていきます。
虎彦のお茶目な一面を垣間見ることができたのは、海外赴任歴10年以上の社員のお一人が帰国したときのこと。実績を上げたことを虎彦は素直に讃えました。「よく頑張ってくれた」と笑って話したといいます。しかし、その後で急に不機嫌になって「一つだけ気にくわないことがある」と言ったそうです。恐る恐る「何でしょう?」と尋ねると「なんで、おまえは俺よりも英語ができるんだ!」・・・さてさて。
負けず嫌いの虎彦は本当に悔しかったようで、家庭教師を雇い入れ、英語や英会話を猛烈に勉強。数年後には包あん機についての論文を英語で発表したといいますから、いくつになっても探求心を持ち続ける虎彦の凄みも感じます。
和子には頭が上がらない、お茶目な虎彦物語
そんなお茶目な虎彦を一番知っていたのは妻・和子です。そもそも辛苦をともにしてきた和子は虎彦の性格を熟知し、その扱い方を心得ていたといいます。
レオン社員の奥様を集めて食事会を開いたとき、和子はこう言ったそうです。「とにかく男性というのは言い出したら聞かないから、それに逆らってはだめなのよ。聞いたふりをすればいいの。私なんて右に行きたいときに『あなたは右と左どっちに行く? 左に行きましょうよ』っていうと社長(虎彦)は必ず『右に行く』と反対のことを言うから、結局、私の思い通りに行けるのよ」
家庭においては一枚も二枚も上手な和子です。それを裏付けるように多くの方の証言によると、「社長より和子さんのほうが強かったな。体のためにあれを食べろ、これを食べろと、なんやかんやと世話を焼いていましたね」。
また、虎彦と和子に息子のように可愛がられていた方によると、ちょっとした意見の食い違いがあったときには、和子が「私、そう言いましたよね?」と言い放ち、虎彦は「お、おう……」と詰め寄られていることが多かったと笑っていらっしゃいました。2人の日常生活からは、虎彦に負けず劣らぬ和子の強さを見て取ることができます。
7文字のメッセージ
そんな和子に対して、虎彦がとったお茶目な行動がありました。
仕事のことになると周りが見えなくなる虎彦は、何かアイデアを思いつくと夜中でも明け方でも関係なく会社に行ってしまいます。何も言わずに出て行くことが多かった虎彦に、和子は1度だけ本気で怒ったことがあるそうです。「行くときには必ず言ってちょうだい!」と。数日後、和子が明け方に目を覚ますと、ベッドに虎彦の姿がありませんでした。また黙って行っちゃったのかしら……とリビングに行くと1枚の小さなメモが置いてありました。
「会社に行く 虎彦」
寝ている和子を起こすのは可哀想に思ったのでしょうか。手紙を残してくれたのです。和子にとって、それはとても嬉しいものでした。いつもなら機械のことを考え始めたら他のことなどおかまいなしの虎彦が、自分のことを気にかけてくれた。たった7文字のメッセージですが、それはまるで虎彦からのラブレターのように和子の心を温めたといいます。
あまりの嬉しさに、和子はそのメモを額に入れました。「なんで、そんなものを飾るんだ・・・」と恥ずかしがる虎彦をよそ目に、たった7文字が書かれた1枚の紙は、今でも林家のリビングに飾られています。